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彼は作詞・作曲した806曲の著作権を10億円で売却する仮契約を結んだが、実は著作権は音楽出版社にすでに譲渡されていた。
この話題のニュースで、JASRACは聞いたことがあるが、「音楽出版社」という存在をはじめて知ったという方も少なくないのでは?
実は音楽業界では、JASRACと並んで、とても重要な役割を果たしているのが、この音楽出版社。その歴史は古く16世紀からある。
それにしても、806曲も譲渡しようとは、相当資金繰りに苦しんでいたに違いない。あの浪費家で有名なマイケル・ジャクソンですら、楽曲は生命線であるから、半分は手元に残しているという。
全曲音楽配信停止とのことだが、名曲が多く残念だ。素晴らしい才能なので、白黒はっきりさせ、一日も早いカムバックが、ファンとしては期待されるところではないだろうか。
では本題に。今回は、そんなホット音楽業界について、複雑な権利関係とモヤっとしたお金の流れをスッキリさせる。
「宇多田ヒカルっていくら稼いでるんだろうね。作詞とか作曲もしていると印税ってすごいんでしょ?」
「すごい金額だよ、きっと。このカラオケで歌うのだって、印税が入るっていうしね」
「でも、その印税って誰が管理しているわけ?」
4、5分の曲なら、人によってはあっという間に覚えてしまい、勝手に演奏してしまうかもしれない。音楽ビジネスの根本には、タダで使用されやすく、自らの権利を主張していかないとお金にならないリスクがある。
そこで、楽曲が、しっかりとお金に換わるように、JASRACなどの著作権管理事業者がある。また、楽曲がより多く演奏されたり歌われやすくするために、音楽出版社がある。
JASRACとは、作詞家、作曲家、音楽出版社などから、著作権を預かり、「音楽を使う人」の窓口の役割をしている機関。音楽を使用する場合、このJASRACに利用申し込みをし、許諾を受けた上で、使用料を支払う。その6%を手数料として受け取り、作詞家、作曲家、音楽出版社など関係権利者へ分配される。
しかし、JASRACに登録しただけでは、広く自分の楽曲が歌われたり、演奏されたりするのはなかなか難しい。そこで、作詞家や作曲家などに代わって、徴収漏れのチェックや、楽曲の売り込みをしているのが、音楽出版社だ。徴収した使用料の50%を手数料として受け取り、残りを作詞家や作曲家に分配するのが一般的となっている。
通常、この管理代行は、作詞家や作曲家から音楽出版社に著作権を譲渡する形で行われる。ちなみに、小室容疑者も音楽出版社に譲渡していたため、自由に他の人に権利を売ることはできなかったのである。
700万枚を売上げた、宇多田ヒカルのアルバム『First Love』でいくらのお金が回ったのかを見てみよう。
レコード会社のEMIミュージック・ジャパン(当時東芝EMI)は、JASRACへ著作権使用料として、CD売上げの6%を支払う。
定価は約3,000円なので、一枚あたりの使用料は3,000円×6%=180円となる。
そこから、JASRACが180円×6%=約10円の手数料を受け取る。残額の170円が、音楽出版社、作詞家、作曲家へそれぞれ3分の1ずつ分配されるとしよう。
実は、このアルバムに収録されているほとんどの曲は、宇多田ヒカル自身が作詞、作曲しているので、1%の歌唱印税のほかに、作詞家、作曲家としての印税ももらえるので、
170円÷3+170円÷3+3,000円×1%=143円
が、1枚売れるごとに懐に入る。
700万枚のヒットだったので、彼女の印税収入は、このアルバムCDだけでも、
143円×700万枚=10億5,000万円
にもなると試算できる。ちなみに、音楽出版社は、170円÷3×700万枚=3億9,666万円になる。
敏腕プロデューサーになったつもりで読んでみてほしい。あなたは現在定価3,000円で、予算どりをしているところだ。
まず、作詞家、作曲家、音楽出版社への著作印税の支払いが、全部で6%。1枚あたり180円。
アーティストへの歌唱印税は、新人ならば1%、1枚あたり30円。
今回の収録曲は、10曲。原盤の制作費として、1,300万円。
ジャケットは、デザイン料、写真撮影などもろもろ含めトータルで、150万円。
そしてCDとジャケットのプレス費は、この10万枚のロット数なら、2,000万円くらいが相場になる。
広告宣伝費は、今回の見込み売上が定価3,000円×10万枚で3億円なので、その15%にあたる4,500万円で大手代理店に依頼。
このほか、CDショップの取り分が約25%、1枚あたり750円で試算することにした。
予算どりを終えたあなたは、損益分岐点を分析する。
「変動費は、著作印税の6%で180円、歌唱印税の1%で30円、あとCDショップの取り分の25%で750円になるな。
固定費は、原盤製作費の1300万円、ジャケット制作費の150万円、プレス費の2,000万円か。これに広告宣伝費4,500万円を加えると、7,950万円になるぞ。
1枚あたりの限界利益は
定価3,000円-変動費の合計960円=2,040円だから、これで固定費の合計を割ると
固定費の合計7,950万円÷2,040円=約3万8,970枚
になるぞ。10万枚のセールスも手堅そうだし、これなら十分余裕だな。
仮に、10万枚を売り上げたら、
定価3,000円×10万枚-変動費960円×10万枚-固定費7,950万円=1億2,450万円の利益になるな」
この損益分岐点分析をふまえて、あなたは、さらに原盤制作の予算をとって、より有能なアレンジャーをキャスティングしたり、広告宣伝費の予算を広げるかもしれない。
次回は、ヒットのカギとなる広告宣伝費の管理について説明する。
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著者:松尾里央(まつお りおう)
(株)ナイスク常務取締役。早稲田大学政治経済学部卒。税理士として、財務経理業務、専門学校で講師を行う一方、本づくりの楽しさに魅せられ、同社で出版・映像制作に携わる。
同社は、スポーツ事業部としてオーストリアスキー教室6校、ナイスクテニス教室を主宰。また、出版事業部として、ビジネス、趣味、スポーツ、健康など実用系の雑誌・書籍を制作。映像制作事業部としてテレビ番組やCM、ビデオの制作。
ヤングキャリアーセンターなどで出版業界就職セミナーを講演するほか、著作に、進化型ビジネス用語辞典『ビジ単』(双葉社)、『企画立案完全マニュアル』(双葉社)、『小さな会社のそのまま使える社内文書実例185』(成美堂出版)などがある
『あの映画は 何人みれば 儲かるのか?』
【発行日】2008/11/1
【著者】松尾 里央(まつお・りおう)
【本体価格】1,300円(税込1,365円)
【発行】TAC出版
【ジャンル】ビジネス書
【ISBNコード】9784813230694

